FC2ブログ

「ヒメボタルの時期」に心配なこと

どちらが道(=園路)か 分かりますか?
相生山緑地北部の 通称「オアシスの森」樹林地内です
踏み跡IMG_3915 (640x427)
上の画像では左方向  下の画像では右方向が正解なのです
  踏み跡②IMG_3913 (640x427)
けれど 「森の整備」によって樹木が伐採され 踏み跡が広がり固められ
慣れた人でも 道迷いするほどになってしまっています
踏み跡①IMG_3914 (640x427) 踏み跡③IMG_3916 (640x427)
この辺りは「ツツジ(だけを)増やそう」としている区域
その意図自体が「森を守り育てる」主張とさえ 矛盾しているように思えます
森林の生態系全体を考えずに 「森づくり」などされては
そこで生きている 数多のいのちにとっては たまったものではありません
踏み跡⑥IMG_3963 (427x640) 踏み跡⑤IMG3919(640x427)
この画像の2つの区域は 数年前までは樹林地でした
その当時 管理者(=名古屋市天白土木事務所)から言われていました
「園路とされていない場所には出来る限り踏み込まないでくださいね」
 踏み跡④IMG_3967 (427x640) 樹林の奥へ延びる踏み跡  
「冒険者」気分で たまに一人や二人がゴソゴソなら 
何も目くじら立てることでもないでしょうが
流行りのトレイル・ランナーや 筍や希少種目当ての盗掘者によっても
相生山の自然は始終 傷つけられています
ましてや 市との協働活動ならば より高度な見識が問われはしませんか

たびたび このブログで取り上げてきた≪ヒメボタルのステージ≫では
「道路予定地」だった区域が 「整備」され
園路から容易に降りて行ける状態のまま 放置されています
深夜「ヒメボタル撮影者」がウロウロしていた という目撃情報も聞きました
 園路用地IMG_3908 (640x427)
【相生山緑地を横断する道路は止めて公園にする】 との市の方針
では 【どんな公園にするのか】 【どのように「自然を大事にする」のか】
長期にわたって 市民と行政の あるいは市民同士の
たいせつな意見交換がすすめられていくことでしょう
その間も 相生山の生きものたちにとっては待ったなしに生存の危機が迫ります
 竹薮看板IMG_3911 (427x640) 市の表示も見直しが必要
ヒメボタル・・・相生山が一年で一番騒がしい時期が直前になりました
相生山を一度も歩いたことがない人が 県外からも大勢やって来ます
2年前 「相生山の生態系を維持するための提案書」 こちら を提出しました
2015年には 「相生山緑地『オアシスの 森づくり』への意見書」 こちら 
および考察 こちらを提出し 検討を要求しました

ヒメボタルは相生山緑地全域の生態系の「象徴種」です
彼らの生息が脅かされるようなら 「相生山の自然を大事に」は空語になります
「名古屋市はわざとヒメボタルの多い場所を潰そうとしてるんじゃないの?」
ゆうべ伝わってきた 長年の観察者の嘆きです
園路と樹林地との境界の明確化 園路外へ踏み出すことを防ぐ手立てなど 
当局の真摯な緊急対応を望みます

    by  アイ

にほんブログ村 環境ブログ 自然保護・生態系へ

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line

選択肢 その二

 相生山緑地の未来についての第一の選択肢は、道路建設か公園にするか、でした。この問題は、どこにでもいる、ほんの一部の「わからず屋」が的外れな議論を吹っ掛け続けているようですが、名古屋市が「市民のみなさんへのていねいな対応」をすると言っているので、時間をかけた説得に期待することにいたしましょう。
ツツジの園IMG_3704 (640x427)
 さて上は、先日の「相生山の四季を歩く会」で歩いた散策路=園路の景色です。芽吹きの樹林地、高木コナラ(小楢)のうす緑の新緑と躑躅(コバノミツバツツジ、ヤマツツジ、モチツツジなど)のピンクが美しい季節です。
ツツジの庭①IMG_3618 (640x427) ツツジの庭②IMG_3621 (640x427)
 でも、見わたすとツツジ以外の樹木の切り株、伐られた枝が生々しく、幹や枝葉が脇にたくさん積まれているのにも気づかされます。「相生山はツツジと松の山だった。春は赤く染まってきれいだった」ので「復活させる」という活動が続いているのです。 【参照こちら
 自然の樹林ではなく、人が「自然」を愛でるための、『自然風の庭』づくりが行われています。
 伐採地IMG_3620 (640x427) 広がる伐採地
 毎年、アマチュアカメラマンが密かにヒメボタルを撮影していた場所。名古屋市の緑政土木局が「環境調査の一環」として「ホタルの飛翔数カウント地点」としていた区域も、「更地」になりました。尾根からの南向き傾斜地ですから、乾燥によって植生の復活には時間が掛かると思われます。仮にもし復活すれば都度、「庭師」たちがまた伐採・剪定をするのでしょうか。

 みなさんはどちらを選ばれますか?
 春から初夏の一時期の人間(全員ではない)が好む景観のために、他の生きものたちの生育・生息を脅かす「公園」づくり。
樹林IMG_3628 (640x427)
 「農用林」として「焚きもの拾いの山」として利用されていたものの、使われなくなって数十年、大都会には珍しい「神社林(=鎮守の森)」が復活しつつあるのを見とどける「公園」。

 名古屋市の「世界のAIOIYAMA」プロジェクトによる公園「素案」に対する意見交換会が、そろそろ第二段階に入ろうとしています。
 庭か樹林か、人の手を入れるのか、(できるだけ)自然に任せるのか。勝手に進めるのでなく、お互いが納得できる意見交換を求めます。決着がつくまでの間は「中断・保留」が筋でしょう。道路工事がそうであったように。
 そして、時間がかかりそうなら、最低限の安全対策(現状では頭上の枯損木、崩れかけた園路など放置か所は多いのです)と生態系維持のためのシステムづくり 【参照こちら】に早急に着手してもらいたいです。
 森が美しいこの時期、相生山の現地を歩いて、確かめてみられることをお勧めします。
 これまでご縁の無かった方も、ひととき考えてみていただきますよう、お願いいたします。

   by  Oak.

にほんブログ村 環境ブログへ

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line

人よ!驕るな

 春。相生山緑地の森の林縁では、フジ(藤)やクズ(葛)などが盛んに蔓(ツル)を伸ばしています。最近はアケビ(木通)こちら も目立っています。画像は昨年夏、フジとクズの花です。
 フジ②IMG_9240 (427x640) クズの花IMG_6330 (800x533)
 人は彼らを衣類の原材料や薬用に用いたりしてきました。現代の人は「花がきれい」とか「森を荒らすジャマ者」とか「懐かしい味」とか、時と場合、経験などにより、さまざまに評価しています。
 森林の生態系を学ぶと、「ソデ(袖)・マント群落」として「森林の内部を乾燥や侵入者から守る役割を果たしている」位置づけに出会います。自然の一部を自然全体から見た役割で判断すると、そういうことも言えるのでしょう。
 けれども、フジやクズやアケビは、当然そんなことを意識して生きているわけではありません。彼らは長い生育史のなかで、環境に合わせて生き延びる「戦略」を獲得し、そうしたものだけが現在も生き残っているに過ぎないのだと思います。 
 さらに、人の生活圏では、珍重されたり排除されたりの圧力も加わったうえで、現在の植生が成立しているともいえるでしょう。
雑木林15_11IMG_9953 (640x480) 相生山の雑木林
 話を相生山をとりまいている情況に移しましょう。
 相生山の樹林も例外ではありません。主な産業が農業であった時代が長く、農用林として人から利用されてきました。窯跡があることから、焼き物の燃料供給していたことも推測されます。
 けれども少し前から、人はそうした役割を相生山の樹林に求めなくなりました。このような経緯で成立したのが、現在のコナラ・アベマキ中心の雑木林です。人が圧力を加えることを止め、自然のままに放置した区域は、暖帯性の常緑樹林(=照葉樹林)へと遷移しつつあります。日照が少なくても育つ、シイ(椎)やカシ(樫)が中心の森が成立し始めています。
 相生山に生育するシイ(椎)の幼木 シイIMG_0390 (427x640)
常緑の森IMG_3970 (640x480) 常緑樹林への遷移
 こうしたことは、当たり前の成り行きです。正しいとか良くないとか、大変なことになったとか、人の分際で判断出来ることではありません。成るようにしか成らない、と素直に認めるしかないのです。
 そのことと、人が「ああしたい、こうしたい」「その方が好き」「こうであって欲しい」と願うことを交ぜこぜにして論議することが流行っています。あげくの果てに、力まかせに自然を改変し、「真実」ぶった理屈をつけるのは、愚かさを地で行く行為としか思えません。
伐採地IMG_3148 (640x427) 拡大する伐採地 
 たとえば「生物多様性のために雑木林を維持しなければならないから常緑樹を伐採」とか「昔の姿を取り戻すため手を入れる」「里山の景観を維持することが求められている」など、一部の人の好みを正当化するための言い訳でしかないと聞こえます。
 本当はおのれの好みであることを白状し、別の好みの人びとに理解を求め、折り合いをつけようとするのが、まだ真っ当な進め方ではないかと思ってしまいます。

 「あなた方は相生山をどうしたいの?」と聞かれることがあります。「どうこうしようとする前に、何が大事か考えたい」と答えることにしています。為そうとしている人の行為そのものが、どうしても不可避なことなのか。
 それから「生物多様性を語るなら、人びとの意見の多様性にも考慮して」ですよね。  
 相生山緑地ですすめられてきた、ここ2~3年特に顕著になってきた「森の手入れ(=庭づくり)」活動に、同時に「人と自然の共生」を掲げて「世界のAIOIYAMA公園」を夢想する行政に、相生山に親しんできた多くの市民の思いを代表して警告を記しておきます。「自然を意のままに出来るなどと、驕ってはいけない」と。

 下は、私たちがもう一つのフィールドにしている岐阜県の山林です。ここでは30年以上放置されてきたヒノキの人工林を間伐(一部皆伐)して、自然植生中心の山に戻そうとしています。もちろん、数百年、数千年単位で考えれば、放置人工林も死滅し自然林に入れ替わっていくことでしょう。それでもあえて、植えられて育ったヒノキをなぜ伐るのか。
間伐山林IMG_3006 (640x427) 上大橋フィールドIMG_3316 (640x427)
 それは、人が今、何をする必要があるのか、の問題提起になりはしないかと思うからです。世間の風潮が、責任を転嫁して趣味に走り、それで事足りると、むしろ「良いことをしている」と思いこまされていることへの、小さな小さな反発なのかもしれません。
 さて、どちらの行為が、自然に受け入れられるのか。それともやっぱり、自然は人の思わくなど超えて存在していくのか。実践結果を通して後世に問題提起が伝わるならば、それはそれで楽しいことだと思っています。

    by  Oak.

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line

「生物多様性のための里山管理」を考える

四季折々の美しさを見せる 相生山緑地コナラ・アベマキの雑木林
「この景観を永遠に」と願う人の気持ちが 分からないではありません
朝の樹林IMG_3046 (640x427)
しかし この二次林は人が農用林として また燃料供給林として利用し
その後 自然の遷移のまま放置されたがゆえに成立したもの こちら参照
やがては シイ・カシの暖帯性の樹林へと移行していくでしょう
アベマキ伐採地P2263594 (640x480)
「それは嫌だ、好みではない」「生物多様性のために整備しなくっちゃ」
名古屋市などでは 樹林を伐採し「健全な森づくり」を進めています
けれども 「健全」かどうかは誰が決めるの? 結局人間の判断ではないですか

自然は自然のままに いのちを育み 森林も在るがままに成立しています
かつてのような農業生産の形が変わった今 形だけの「里山」を望むのは
自然を大事にすることではなく 人間の欲でしかないのではないでしょうか
里的景色P2263590 (640x480)
百歩譲って 「生物多様性のために」というなら
人間が自然に対して どう対処してきたか どんな仕打ちをしているか
そこのところを見直さずに たかだか―相生山なら123.7ha―を
整備するというのは おかしなことだと思います
ギャップ橋脚IMG_2642 (640x427) 橋脚IMG_2641 (640x427)
「経済性」「開発」の名のもとに 宅地や道路のために山地を切り開き
自然を破壊したのは 人間 
いのちを奪い絶滅させ 大量の「絶滅危惧種」をつくり出したのは 人間
そうしたことを省みず いまだに進めながら 一方で
「自然保護」「生物多様性」「環境保全」 を語る
まったく矛盾していませんか こちら参照
人間が何もしない方が 自然は「健全に」存在できる
園路予定地IMG_3042 (640x427)
自然は 暴風雨や地殻変動や河川の氾濫や火山活動や によって 
ダイナミックにニッチの転換を繰り返し
そのなかで いきものの入れ換わり 多様性がすすみ維持されてきたと言えます

ほんとうに「生物多様性」を大事にしたいなら 
まず最初に 「開発」を抑制することを考え実行しなくては
また この国の山地に広がった画一的人工林に手を入れなくては
着手することは他にないか 想っていただきたいものです
本質に至らない 「何か役割を果したい」善意を引き回すだけに終わっている
「生物多様性のための里山整備」は 理解することが出来ません
みなさんは どうお考えになるでしょう

    by  Oak

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line

樹木を虐めて整備する「公園」を望まない

「森の整備のため」に また切り払われた 相生山の樹林地
奥の方まで陽が射し込んで 様子がすっかり変わっていました 
伐採地19_2 P2263575 (640x480)
以前 関係者に聞いたことがあります その返事
「相生山緑地全体は広いんだから、少々のことは良いじゃないですか」
――そうやって この3年くらいのうちに伐採地が拡大してきました
相生山の全体の印象が 変わるほどに
「伐っても数年すれば、また繁ってくるから心配しなくても」
――ならば わざわざ伐る必要ないのでは?
自分たちの一時的快感のため?「自然のため」と言いながら 
伐採地19_2②P2263576 (640x480)
ヒサカキ(姫榊)やアラカシ(粗樫)などの常緑幼木が 以前は対象でした
最近は コナラ(小楢)・アベマキ(棈)など相生山の代表種や
ハギ(萩)・ガマズミ(莢蒾)・シャシャンボ(小小坊)など 手あたり次第
幼木だけでなく 10年以上も生育してきた樹木も伐採してます
園路脇に盛大に積み上げられた 最近まで生きていた幹・枝・葉
枝葉③P2263582 (640x480) 枝葉①P2263578 (640x480) 枝葉②P2263579 (640x480)
「森には持ち込まない、森から持ち出さないを守ってます」
――植栽木も目立ってきましたけど・・・ こちら
運び出す手間を省くための言い訳にも聞こえます

この活動に関わっている人が 個別にやるのか 別の人が真似るのか 
大規模伐採の後には 触発されるかの如く 緑地の園路のあちこちで
モチノキ(黐の木)やソヨゴ(冬青)の小枝が散らばっていることも多いです

「アカマツ林再生」を掲げるこの区域 こちら 先週には
マツやウスノキ(臼の木)まで 伐ってスッキリできれば何でもいい?!
伐採地19_2③P2263580 (640x480)
「自然と共生」 
世界に「AIOIYAMA」と誇れる「自然を大事にする」公園
その理念 コンセプトに語られている「自然」とは何?

相生山緑地整備の「基本構想」に 自然の側からの問い返しや
相生山近辺の 相生山に親しんできた 多数の市民の意思が尊重されなければ
「学者さん」と「お役人」の 言葉だけの やっつけ仕事になってしまいそうで
すすめられている「意見交換会」の 深い中味を問うていきたいと思います

   by  Oak.

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line

相生山に人工の庭は要らない

 相生山はコナラ(小楢)を高木層の代表とする【雑木林】が、その魅力です。人が意図的につくったものでなく、むしろ人が手を加えなくなってから自然に形づくられた二次林です。
コナラの谷IMG_2650 (640x427)
 谷筋の上の小さな広場から展望すると、小規模ではありますが《コナラの樹海》がきれいです。葉の落ちた冬の今でも樹形の美しさに惹かれますし、うす緑から若緑が広がっていく芽吹きの春や金褐色に輝く黄葉の時期も見事です。
 しかも、この樹林に入ってみると、亜高木層・低木層・草本層に、それぞれ適応した樹木が生育しており、そのなかに昆虫や鳥類などの動物が生息していて、名古屋市という大都会のなかには稀な生態系を、全体として形づくっていることが、しばらくすると理解できます。
 有名になったヒメボタルも、相生山の象徴種ではありますが、人類の誕生以前から連綿と続いてきた数ある生命の一種にしか過ぎません。
樹林②IMG_2655 (640x427)
 ところで、この相生山には “この森では「名古屋市緑のまちづくり条例」に基づき、「緑のパートナー」として名古屋市から認定された「相生山緑地オアシスの森くらぶ」が森づくりを行っています。名古屋市” という看板が示している通り、市と協働する形で市民ボランティアグループが「森づくり」活動を展開しています。こちら
 今年の始めからも「ツツジや桜の園をめざす」とされる一帯で、伐採が行われたようです。いつもながら「森を暗くし生物多様性を損なう」常緑低木をいっせい伐採。
伐採地①IMG_2662 (640x427)
 相生山緑地の北部「オアシスの森」とされている区域では、ここ3~4年のこうした活動の結果、樹林地の中に「伐採地」がどんどん広がっているような感がします。生産緑地などの民有地を含めると最近「人の手が入った」区域は全体の1/4~5くらいにまで拡大したように感じます。
 毎月末から月始めに相生山を歩くたび「日当たりのいい場所が増えた」「風の通り道が広がった」「ずい分見通しが良くなってしまった」とぼう然とすることが多くなりました。
 森林に生育・生息する多くの生きものたちは、水分も保障される半日陰をもっとも好むものだと思うのですが、これでは行き場(生き場)を失うもの、すでに失ったものがいるのではないかしら。
伐採地②IMG_2664 (640x427)
 伐られた木が集められていました。
 本当に学習し調査したうえで実行されているのでしょうか。長年人びとの暮らしに役立ってきたヒサカキ(姫榊)やソヨゴ(冬青)以外に、これからの森の主人公になっていくシイ(椎)やアラカシ(粗樫)に交ざって、半常緑のモチツツジ(黐躑躅)までも伐られていました。主体的には真剣に熱心に取り組んでみえるのかもしれませんが、「自分たちの手に負えない太い木・高い木以外は伐って、とにかく見た目がスッキリきれいになればいい」やっつけ都合仕事をしているように見えてしまいます。
 こうしたやり方では数年しないうちに広葉樹たちは萌芽更新し、人が手を加える以前の状態とは異なった不格好でどうしようもなく暗い人工樹林を呼び込んでしまうのです。無理なことは無理、人は自然をコントロールすることなど到底できない。その実例は相生山にもそこかしこにあって、「また手を入れなくっちゃ」の悪循環を繰り返していそうです。 
 2015年7月の意見書 同添付資料 こちら
伐採物IMG_2663 (640x427)
 本当に名古屋市は、この実態を確認して「認定」しているのでしょうか。
 もっとも市の「緑のまちづくり」計画自体が、人間の生活優先、景観=見た目による快適さに重きがおかれていて、人間をふくむこの世界の生態系そのものに考えをいたす点で、極めて不十分な感を持ちますので、相生山での実践も評価こそすれ批判できないのかもしれません。
 日本人は自然に学ぼうとするより、自然をとり込もうとしたり、自然に手を加えることを伝統として生きてきた、と言われることがあります。庭園・公園・個人の庭・盆栽・・・。それぞれにそれぞれの場で行われることに、いちいち申せるはずもありません。
 けれども、相生山の樹林地に庭は要らない。人の好みを押しつける場所ではないと知るべきです。冒頭に書いてきたように、ここでは「自然の意思」が優先されてきたから。だから、大事。それを伝えることが、生かす政治が。
樹林①IMG_2659 (640x427)
 自然な森林がそうであるように、私たちは≪いろんなものがさまざまに≫生きていける状態が大事と考えます。誰かによって淘汰・選別・抑制されることなく、≪在るがままに成るがまま≫を愛します。

 来たる名古屋市との意見交換会では、「相生山の道路を廃止し、緑地をどう整備していくか」が課題ですから、第一回目は今日のブログのテーマは後回しになっても良いと考えています。
 けれども、ここは根本的な問題ですから、避けるわけにはいきません。そして、このことを意見交換しお互いに考え、みんなで方向性を見出すことこそが相生山の未来に通じると思っています。

    by  Oak

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line
line

line
プロフィール

森の妖精  アイ

Author:森の妖精 アイ
名古屋の相生山(あいおいやま)緑地 大都会に残された貴重な森のことをたくさんの方に知っていただくため情報発信していきます
人と自然の関わりについて ときに思いを述べます ご意見コメントいただければ嬉しいです
 
ブログランキングに参加しています クリックで応援よろしくお願いします
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村にほんブログ村 環境ブログへ
にほんブログ村 科学ブログ 自然科学へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ


ときどき ご訪問くださいね 

line
訪問者
line
最新記事
line
検索フォーム
line
カテゴリ
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QR
line
RSSリンクの表示
line
最新コメント
line
最新トラックバック
line
月別アーカイブ
line
sub_line