届かぬ思い・・・・続けられる伐採


先週「相生山の四季を歩く会」下見の時 不思議なモノ見つけました
pinkテープ①IMG_1237(640x480)
アオハダ(青肌)幼木に 結びつけられたピンクのテープ
この区域は 「アカマツ林再生プロジェクト」が進行中
巣箱()も多く採りつけられて
人が自然を「管理」しようとしている 周回道路の内側です
マーク付 IMG_1240 (640x480)
大量につけられたピンクテープ()は
多くは落葉樹の低木(幼木) 右端ユズリハは例外?
最初は「松以外の木にマーキング?」と思いましたが 違ってるようで??
市の管理部署に聞いてみたら 「分らないので調べておきます」(3/14)

回答無いまま 最近分かりました
伐採後 IMG_1243 (640x480)
マーキング以外の木はバッサリ! スカスカの林床 まるで開墾地のよう
「テープの付いた樹は残して それ以外は皆伐」の 目じるしだったのですね
そして 伐採処置①IMG_1245 (640x480)
伐採処置②IMG_1244 (640x480)
散策路の横に積まれた 伐採後の幹と枝葉
上の画像の部分にも積まれていました
この景色は見なれています 以前の記事のこちらや こちら
自分たちの思いのままに「森をつくる」とする人たち

けれども 森の遷移を学んだら こんなことは不自然で徒労と分かるはず
森を過利用して 土壌が貧栄養の時代ならともかく 肥沃になった今
伐っても伐っても 潜在植生の照葉樹林は復活します
萌芽更新IMG_1246 (640x480)
以前の伐り株から 萌芽更新している 逞しいアラカシ(粗樫)

「昔懐かしい松の林」を出現させたいなら 現存植生を根こそぎ排除し
腐葉土などの表土をも 除去しなければ・・・・
そこまでの施業方針もなく 進めている伐採は

自然の生態系や環境保存への学習・研修不足なのか
庭師・園芸屋さん気取り 自分の庭いじりの気分なのか
時間が有り余っている中高年の 運動不足解消のためか
とにかく「常緑低木を伐ってキレイに」見えるようになれば 満足なのか

弊害も出ています 触発されて派生したと思われる 
森の木を自分勝手に伐る事件 後を絶ちません

森を歩いている 多くの人からも
不信と非難が 語られています こちら も こちら でも
昔からの森を知ってる お百姓さんも
誰でもが 感じる真実 知っている常識に 反していますもの

私たちは このブログに書くだけでなく
名古屋市にも 意見を伝えたり 文書を提出したり
けれども みんなの思いは なかなか伝わっていかないのです
  コゲラIMG_1000 (640x480)
自分と違う意見も聞いてみて 未来に生きる人々も含む 
みんなの森を みんなで大切にしよう
 という姿勢が欠けてるのでしょうね
相生山緑地に集う者として 歯がゆく残念さが つづいています
森のいきものたちも きっと同じ気持ちでいる と思うのですが

    by   アイ+Oak.

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P.S. 続「オアシスの森の再生プロジェクト」への考察


自然をいい状態にしたいと思って活動するときに、
指導者が的外れなこと言って、
無駄や間違った活動をさせられる場合があるように思います。

それでも結果は良し、になるかもかもしれません。
それが自然。 自然は人知を超えていますから。

けれども、結果はどうあれ、間違えたことを教えられて、
その間違いを目指して活動をすることは、受け入れたくありません。

今回記事の写真だけ見ても、マスコミや行政が頼りにしている学者が
間違ったことを時々言うことが分かります。
教えられて、それを鵜呑みにすることは止めたいですね。

間違いの例として、
1 海上の森は豊かな薪炭林が暗くなってきたので、
  手を加えて生物の多様性を保つために薪炭林に戻さなくてはならない。
  ・・・《万博当時の新聞・学者・一部ボランティア活動家の論調》
2 相生山は薪炭林であった。
  (シンボルコナラを指さして)萌芽更新していたんですよ。
  ・・・《相生山のフィールドワークにて指導者=学者の言葉》

 シンボルコナラ 2015.1125

ちなみに、相生山のシンボルコナラがなぜあるのか、という疑問は残ります。
たまたま伐採をされずに残ったのかもしれません。

田畑の中に木陰のある休憩場所として木を残していた、そんな例もあるので
それだったのではないかと、私は推察しています。

  頂いたコメントへの返信に代えて   by てんてこマイマイ

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続「オアシスの森の再生プロジェクト」への考察・後編

 
               (4)
 戦後、まだ森の樹木を燃料などとして利用していたころの相生山の様子はどうだったのでしょうか。

 今年7月「オアシスの森の再生プロジェクトについて(2)」において、{ 戦後、例えば徳林寺の北(現在学童保育所がある付近)には、およそ0.2ヘクタールほどのマツ林。野並集落の高台の部分にも、高木のマツがまばらに生えていました。} と書きましたが、以下の写真がそれにあたります。

【徳林寺北側のクロマツ林(昭和35年頃)】
徳林寺マツ林

【野並のクロマツ疎林】
野並
  かやぶき屋根が見当たらないので、昭和30年以降と思われる。
  前編(3)昭和12年の地形図青色で囲った部分が写っている。
  地形図中の青色→はカメラのある方向で、天白川近く(西)から
  野並方面(東)を写す。写真のさらに東奥側(写真外)が相生山南部。

 これらの写真から、野並近辺に残されたマツ(=クロマツ)のようすを想像していただけると思います。なお、クロマツと断定しているのは、私が実際にそれらのマツを見ているからです。

 前編(2)の明治24年の地形図では全体に広がっていたマツの疎林が、戦後は一部だけが残された状態になっています。それがクロマツであったことから、おそらく明治のマツもクロマツであったと想像されます。
 また、野並近辺のマツの疎らな写真からは、「尾張名所図会」当時の自然の様子(特にマツの疎林と植生)をリアルに感じさせてくれます。


               (5)
 私たちの記憶に残る、戦後のマツ林の分布を地形図で見てみましょう。
【昭和28年の地形図】
5菅田昭和28年(640x466)
 この菅田地区中心の地形図では、マツ(緑の△)はほとんど見られません。菅田・島田方面から相生山緑地方面の視界は、赤色の線=尾根筋の範囲内に限られます。
 菅田や島田の人たちの「記憶」は戦後のものと思われますが、庭や人家近くのマツ以外にオアシスの森方面にマツ林を見ることは出来なかったはずなのです。

 住民の見た風景は次の写真のような、人の背丈に届かないような低木と草本が生えた禿山(オレンジ部分)畑(黄色で囲んだ部分)が混ざったものであったと思われます。

【昭和35年頃の相生山南部の風景】
相生山’尾根筋から島田方面60PB060015 (640x480)

 もしマツ林を見ているとすれば、燃料革命後にマツの稚樹(主にアイグロマツ?)が成長をしたもので、前の写真【徳林寺北側のマツ林】にあるクロマツ林よりもずっと貧弱なものでしょう。
 
【昭和36年の一つ山周辺】 手前の池は新池、右端は海老山、中央右奥が久方
6一つ山 (640x428)

 その貧弱なマツ林は、昭和31年になってもまだ禿山状況を呈していた場所に昭和40年以降から短期間に成長出現し、その後まもなくマツクイムシや火事のためにほとんどが枯死してしまったものと思われます。


               (6)
 こうして考察を重ねてきますと、名古屋市が新しく設置した看板に書かれているようなアカマツ林は、江戸末期から現在に至るまで、おそらくひと時も存在しなかったと思われます。

 今ある自然は、微妙なバランスの上に成立しています。
 気温、降水量、地質・地形、遺伝子的環境を含む周辺の状況(例えば田園、市街地、森林、そこに生息する生物)、人の関与などの物理的状況、それらに影響された土壌の変化、菌類の変化、土壌生物の変化などなど、あげればきりがないほど多様な因子の相互作用によって成り立っています。
 ですから、少しでもバランスに変化があれば、自然も形を変えます。
 よって、自然を私たちの手で意のままに作り変えることは出来ないと思います。

 過去の植生の状況をすら把握する努力もせずに、「アカマツ林再生プロジェクト」を実施 しても、計画された目標が達成される可能性は限りなく低いと言わざるを得ません。
 たとえ、過去の状況把握や手入れ後の予測をそれなりに行ったとしても、目標が達成されることはほとんどないのですから。

双子池口看板

 「アカマツ林再生プロジェクト」は、今あるオアシスの森の自然を壊し、あたかもマツとツツジの庭園づくりをしているかのように映ります。しかし、自然豊かなオアシスの森で、『庭園づくり』とは言いにくいのでしょう。 
 存在しなかったゆえ、記憶に残るはずがないアカマツ林。
 それを再生するかのような表現は捏造されたもので不適切です。 

 行政は市民に事実と異なったことを説明すべきではありません。
 善良な市民は、間違った「植生遷移の歴史」を真実と思い込み、負の連鎖は広がるばかりです。
 折角看板を書き換えるのでしたら、事実に基づいた表記をお願いしたいものです。
    
 里山イニシアティブ、生物の多様性の劣化防止は愛知県・名古屋市の課題であり、また名古屋市は樹林地を残す施策を行っていると聞いています。
 そうであるならば、その課題や方針に矛盾しない施策を、自然が豊かな相生山でこそ、実施すべきだと思うのです。  

         by  てんてこマイマイ

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続「オアシスの森の再生プロジェクト」への考察 ・前編

 
              (1)
 7月に「オアシスの森の再生プロジェクトについて」記事掲載し、名古屋市にも意見を伝えたところ、10月初めに看板が架け替えられました
 さらに、10月下旬に新しい看板が設置されましたので、第2弾を書いてみました。

 書き換えられた看板には、「かつて相生山緑地オアシスの森の山容景観を象徴していた赤松林は失われつつあります」と書かれ、「赤松林の景観を再生するために活動をしている」と述べています。
PB162382 (640x480)
    PB162383 (640x480)

 しかし、そのような森の景観の象徴は無かったことを、江戸期から戦後までの土地利用や植生について、資料を基に述べてみたいと思います。
 そして、行政には、科学的な事実に基づいた視点をもって行動していただくことを願いたいと思います。

 使用する地図は相生山南部、野並、菅田それぞれから近い場所です。名古屋市は「菅田住民の過去の記憶」を用いて「オアシスの森の山容景観を象徴していた赤松林」と表現をしているようなので、特に菅田・島田方面からの視界に注目して、各地図をご覧いただきたく思います。


                (2)
 最初に、江戸時代末期から明治時代初期に刊行された、尾張国の地誌「尾張名所図会」の「八事」と、オアシスの森周辺の地図(現在の国土地理院に当たる所が発行の地形図)を比較してみたいと思います。

 【尾張名所図会:八事】
1八事 (640x417)

 【地形図(明治24年)】
2地形図-明治24 (640x44)

 江戸期には日本全国で燃料や肥料などのため森林の過剰使用状態が続き、概ね「尾張名所図会」のような景色が里山の景色であったと考えられます。

 明治24年の地形図の緑の部分はマツが生えていることを表し、その密度はわかりませんが、後述から想像していただけると思いますが、おそらく疎林が多かっただろうと思います。オレンジ部分は植生があまりない場所で、草本や、ハギ、マツの稚樹、ツツジなどが疎らに生えていたと想像されます。このような植生は「禿山に近いマツの疎林」と言えると思います。
 その植生の様子は「尾張名所図会」とかなり似ていると思われ、江戸末期から明治中頃までは、植生の変化はあまりなかったと推察できます。


                (3)
次に昭和12年ごろにはどうだったのでしょうか?
【地形図(昭和12年)】
03昭和12年地形図M4 S12 nonasyouwami-sasahara-aioi teysey (640x416)
 この地形図から分かることは、ほとんどのマツ(緑△)が野並集落近辺と相生山南部の一部を除いて姿を消し、草本や、ハギ、マツの稚樹、ツツジなどが疎らに生えている禿山状態に変わったことと、桑畑(黄色で囲ったところ)が多くみられるようになったことです。

 赤の矢印の方向が菅田集落になり、赤線は尾根筋を表しています。したがって、菅田の人たちは、日常的には赤線の南側は見ることは出来ません。たとえマツを見たとしても、ほんの僅かであったことでしょうし、現在の赤松プロジェクトの位置ではなかったものと思います。したがって、昭和12年の記憶がある人でさえ、マツ林をほとんど見ていないことになります。    《つづく》

         by  てんてこマイマイ
                        

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予告!「オアシスの森のアカマツ林再生PJ」への考察 第2弾

アカマツ林PJ 新看板
最近 こんな看板が設置されました
名古屋市のブログ記事にも掲載されています

また別の場所には こんな看板も立てられています双子池口看板

ここに書かれたことが正しいこととして
オアシスの森づくり の活動が進められています
アカマツ林PJ 現場東より 双子池口上 伐採地

先に 「オアシスの森の再生プロジェクトについて」連載しましたが
さらに続編を みなさんに読んでいただき 検討いただいた上で
相生山緑地の未来予想図に 私たちの意見も反映させたいと願っています

これまで 目に触れることの少ない画像や地形図も紹介し 考察していきます  
少し長くなるかとも思いますが お付き合いください
明日から 掲載を始めます

    by  Oak.+てんてこマイマイ

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森の妖精  アイ

Author:森の妖精 アイ
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