タケノコ一個でも罰金なのに。


ずいぶんお久しぶりのジンジャーです。
aiさんの記事とみなさんからのコメントに、私も意見を書きます。
山根口看板IMG_4726 (640x427)
 筍一個採っても罰金なのに、
 なんであんなに伐っても何も言われない?

 市が管理している場所を、
 一団体の好みで「手入れする」ことに問題があるって話ですよね。
伐採地IMG_4701 (640x427)
 管轄部署に話を通して、書面でやり取りしないと
 事態は変わらないと思えます。

 彼らが刈ってる根拠の、
 学術的見解の正確さの検証を公の場所でやる。

 「好みでやるのは自分ちの庭でなら大丈夫だ」と
 はっきり言わないと、つついてもつついても
 いろんな場所で刈ると思います。
伐採後始末IMG_4703 (640x427)
 だって個人の好みでやってるみたいだから。

 特権もってる一団体があること自体が、おかしいです。

 話し合いの機会や納得できる回答を求める、皆さんの意見に賛成です。


     by  ジンジャー


theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line

「森の手入れ」を考える(9)

 これまで「森の手入れが必要」という主張の背景やさまざまな問題点を、8回にわたって述べてきました。
 読者のみなさんには「森の手入れ」が不必要で、かえって誤った結果を生んでいることをご理解いただけたかと思います。
      葉書塔付近
 それでは最後に、私たちが今やるべきことは何なのか、私なりにまとめてみたいと思います。

 
  提案 本当に必要なこと

 絶滅危惧種を守るためには、「里山モデル林」を維持する、理にかなった方法を考えなくてはいけません。

 「かく乱依存種を守る、氷河期の遺存種を守る、生物の多様性を守る方法」として、今考えられることは
 第1は、
  里山イニシアティブの精神を重んじ、里山の開発を抑える
 第2は、
  長期的計画としては、市街地と化した氾濫原から一部分人が撤退する
  それを自然に戻し、生育・生息地を拡大する。 《氾濫原の再生・確保》 
 第3は、  
  上記2項を推進するための法律の制定。
 などです。

 第2は、主に河川環境地域を拡大することを意味します。
 例えば、遊水池として利用されていた場所が住宅地になってしまっています。それを再度遊水池として使う。また河川幅を広げる、特に天井川になっている部分は優先的に実施してゆく。また、河口に近い0メートル地帯はなるべく自然公園のような利用をするなどです。
 そうすれば、自然再生区域として利活用することも考えられます。地震による津波や、気候変動や異常気象による、洪水、海面の上昇への対策にもなると思います。
天白川~野並 1964
                天白川~野並水田風景1964年  

 「人が撤退する部分を設け、そこを本来の氾濫原とする」方針を組み入れたコンパクトシティを視野に入れたマスタープランを作成し、遂行できる条例の制定と都市計画の決定を20-50年のタイムスケールで計画することによって初めて、生物の多様性を復元することができます。

 しかも、それにとどまりません。急激な人口減少が見込まれる中、公共投資も減少せざるを得なくなります。ですから、これからは効率の良いコンパクトシティを目指さざるを得ません。

 「人が撤退する部分を設け、そこを本来の氾濫原とする」ことは、防災、地域コミュニティを支えるインフラ基盤の維持、無駄の少ない経済活動等など、より機能的な未来都市のため、現実的で実行可能な政策として期待することが出来ると思うのです。

  朝の街IMG_8770 (640x480) (3) 相生山から名古屋市街地を望む 

  長い連載をお読みいただき、ありがとうございました。
  忌憚のないご意見ご感想をお寄せいただきますよう、お願いいたします。

          by  てんてこマイマイ

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line

「森の手入れ」を考える(8)

 「生物の多様性を守るため」の誤った方策

 この愛知県はもとより全国的にも、「里山を以前のように手入れをして生物の多様性がある状態にしなければいけない」という論調は事実と異なっていて、期待される効果はないと思います。

  朝の尾根道 自然の遷移に任せた森 

 それどころか、その主張が生物の多様性に危機感をもって行動する人たちをミスリードし、生態系劣化の根本的なこと、つまり「開発が絶滅危惧種を作っている最大の原因である」ということを知るべき人たちを、その真実から遠ざけているのではないでしょうか。

 例えば、冒頭で述べた「総合開発計画」と「2005年愛知万博」と「森の手入れ」については、「自然を大切にしたいから開発に反対」という人たちに二次林の手入れをさせることによって、そのことが自然を守ることだという誤った意識を持たせ、本質的な問題である開発による自然破壊から目を遠ざける効果をもたらしてしまった可能性があります。

    手入れ後2 相生山の「森の手入れ」

 自治体の中には「森に手を入れなければならない」という講座を開いて市民を参加させ、その人たちに緑地政策遂行の市民代表のような役割を担わせています。さらに委員会の委員として根拠や実効性のない緑地政策の担い手とし、多くの市民を誘導しているのではないかと危惧します。

 こうしたことよりも、コナラ-アベマキの二次林よりも極相に近く、ほとんど消失してしまった、この地域の本来の生態系に近い照葉樹の森を守ることを意識しなくてはいけないでしょう。
 照葉樹林は、生物の多様性では本来あるべきところにある生態系として位置づけられているにもかかわらず、「生物の多様性が貧弱である」というような間違った声さえ聞かれることがあります。
 「森の手入れ」によって、照葉樹林地域で暮らす種の中には迷惑を被るものもあるでしょう。

      アベマキ夕陽
 
 多くの絶滅危惧種を守るという理由で「森の手入れ」をすることは、効果も定かではありません。また、何百年何千年もの間、手を入れ続けなければなりません。未来のことは現代を生きる私たちにはできませんし、未来の人たちに責任を押し付けることもどうかと思えてなりません。
 
        by  てんてこマイマイ

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line

「森の手入れ」を考える(7)


 最後の検証は、もっともらしく語られている
 【主張3 : 手入れして管理しないと森が荒れる】
 についてです。

 「荒れる」とはどういうこと?
 
「自然が荒れる」と表現してあるのを目にすることがあります。荒れるという言葉はどんな意味があるのでしょう。辞典は大きく分けて二つの意味があると言っているようです。
 A 穏やかな、または整った状態が失われて乱れる
 B 傷み、損なわれて、だめになる

 自然は放置すると、植物は遷移をはじめ、遷移した植生と馴染みが深い動物たちが生息を始めます。これは自然の穏やかで当然の成り行きで「荒れる」と表現するものではないと思います。

 例えば、人為的に「木を切り倒す、堀返す、枝を切る」などは「自然を荒らす」と言えるので、《二次林の伐採を続けると森があれる》と言えるかもしれません。
 また、自然の中に他所から竹などを持ち込んで、その後竹がはびこった場合は「人によって竹が持ち込まれ、整った状態の自然が変化した」という意味で、「荒れる」と言えるかもしれません。

予定地1 放置された人工林と竹やぶ(稲田口) 

 檜や杉の人工林は、ある意味では木の畑です。だから、手を入れて管理をし続けないと荒れます。 
 「手を入れないと森が荒れる」という表現で、的を射ているのは主に杉・檜の人工林のことで、間伐手遅れ林が今では大きな問題になっています。

 二次林を萌芽更新して人工林として管理していたなら、これは人工的なものですから、放置した場合「荒れる」という表現はできます。しかし日本ではこうした例はごく一部分で、愛知県ではほとんどなかったことから、やはり一般的には使うべきではないと思います。

    菅田集落 双子池から菅田集落

 「里山が荒れる」という表現は、畑・田・家・道路など人工的に整備されていたものが壊れてゆくのは「荒れる」と言ってもいいのでしょうが、森の部分は当たりません。むしろ人工のものも含めて、里山全体は《自然が戻ってくる》と表現できるものです。

 私は「里山が荒れること=常緑広葉樹が復活する」というような表現を何回か読んできました。そのたびに、その作者の国語力と自然に対する知識にいつも戸惑いを感じてしまいます。

           by  てんてこマイマイ

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line

「森の手入れ」を考える(6)

 
 さてここで、松の疎林が広がった里山に、かく乱依存種が現在より多かった理由は何なのかを考えなくてはいけないでしょう。 


 里山と「ビオトープネットワーク」

 山は松の疎林が中心であっても、多少の広葉樹の林もところどころに残されていた。ほんの少しでも、照葉樹林もあった。
 畑や田が広がり、きれいな水を流す小川や、大きな川、そして多くのため池があった。
 そして、湿地や干潟もあった。

 このような多様な土地利用形態は、市街地などで隔離されることなく、広くビオトープネットワーク=生き物の生育環境 としての機能も十分すぎるほどありました。これが、かく乱依存種が現在より健全な状態であった理由だと思われます。
    下山畑 緑地西部/下山畑より

 ところが産業革命以後から、特に戦後からは猛烈な開発が始まり、氾濫原や丘陵地は市街地化され、農地も減少しました。
 そして、残された河川や水路は、コンクリートの三面張りになり、圃場整備も行われ、いろんな種の動植物が生育・生息するためのバラエティーに富んだ住処がなくなりました。
 加えて、大量の農薬が使われだし、生き物にとっては踏んだり蹴ったりの状況です。

 つまり、かく乱依存種が減少した理由は、特に生息・生育地の場所の喪失とビオトープネットワークの弱体化が圧倒的に大きいのです。

 既述のように「里山モデル林」はもともと少なかったのですから、コナラ-アベマキの二次林の手入れ=「森の手入れ」を続けても、生物の多様性の劣化を防ぐ上で、大勢に影響しないといえます。


         by てんてこマイマイ
         画像は文とは直接関係ありません。秋を迎えた相生山緑地、最近の様子です。

theme : 名古屋・愛知
genre : 地域情報

line
line

FC2Ad

line
プロフィール

森の妖精  アイ

Author:森の妖精 アイ
名古屋の相生山(あいおいやま)緑地 大都会に残された貴重な森のことをたくさんの方に知っていただくため情報発信していきます
人と自然の関わりについて ときに思いを述べます ご意見コメントいただければ嬉しいです
 
ブログランキングに参加しています クリックで応援よろしくお願いします

ときどき ご訪問くださいね 

line
最新記事
line
訪問者
line
最新コメント
line
最新トラックバック
line
カテゴリ
line
検索フォーム
line
リンク
line
月別アーカイブ
line
RSSリンクの表示
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QR
line
sub_line